★ ★ (1) ★ ★

「ただいまぁ。」
ミクは、灯りの消えた廊下に向かって言った。
夜もふけ、仕事で疲れて家に帰ってみると、家の中は真っ暗だった。
(みんな、まだ帰ってきてないのかな?...)
リビングのドアを開けると、パッと電灯が付いたかと思うと、パンパンとクラッカーの音がはじけ、
「メリークリスマス!」
「お疲れさん。」
メイコとカイトの声が被る。
テーブルの上を見ると、サンタの砂糖細工の乗ったケーキが二つと、料理の皿で埋め尽くされていた。
「えっ?すっごい...
 これ、どしたの?」
「食べ物は事務所からの差し入れ、ケーキはあたしとカイトで1個ずつね。」
「クリスマスの話が全然出ないものだから、予約し忘れたんじゃないかと思ってさ。
 ボクも『うろたん』のプロモの撮影で、ここんトコずっと忙しかったからね。」
「卑怯卑怯って言うから、あんまりイメージ良くなかったけど、あれ、結構評判いいみたいぢゃない?」
「おかげさまで。
 まぁ、ミクのがんばりのお陰でもあるんだけどね...って、おいおい、いったいどうしたんだよ?」
 ミクの蒼い瞳の端から、光るものが一筋、頬を伝って滑り落ちた。
「...あ、ご、ごめん。」
慌てて涙をぬぐうミクに、
「まぁまぁ、立ってないで、とりあえず座りましょ。」
メイコに促され、3人はそれぞれいつもの席に付いた。
...と、ミクはようやくそこで、あることに気が付いた。
「カイト兄ぃ、なんで?...」
突然、ミクの目の前が真っ暗になる。
「えっ?
 何?」
慌てるミクに、
「おいおい、出番はもう少し後のはずだったろ?」
「だぁってぇ〜、待ちきれなかったんだもん。」
聞き慣れない、しかし不思議と耳に馴染むような少女の声が、カイトの声に続いて...
「レン、あんたもこっちに来なさいよ。」
「...」
「ふぅん、意外と人見知りなんだぁ。」
「ちょっと、これってどういうこと?」
パニクり気味のミクに、
「リン、手をどけなさい。」
「うん、わかった。」
不意に視界が開けたと思ったら、見知らぬ少女の笑顔が、すぐ目の前にあった。
「...えっ?」
「わたし、鏡音リン
 はじめまして、お姉ちゃん。」
「おねぇ...って?」
「...んで、こっちがレンね。
 ちょっとレンってば、少しはしゃべってみせたらどう?」
「...よろしく。」
ぶっきらぼうな言いようだが、それは悪意を持っているというよりは、どう振舞ったらいいか分からないという感じだった。
「昨日から家で預かることになったんだけど、ちょうどミクとはすれ違いだったワケなんだな。」
「新しいコが来るってことは、もっと前から聞いてたんだけど、まさか双子とは思わなかったわ。」
やれやれと言う感じのメイコの語りように、
「家族が増えるっていうのはいいことだよ。」
「悪いこととは言ってないわよ。」
「まぁ、ボクとしては味方が一人増えてくれたのがありがたいかな。
 女性ばかりで華やかなのも嫌いじゃないけど、気を遣わないで過ごせる相手がいたらいいなと、前から思っていたんだ。」
「あんた、あたしに気を遣ったことなんてあったっけ?」
「どんな女性でも、ボクにとっては女神様ですよ、メイコお姉さん。」
「ちょっとやめてよ、気持ち悪い。」
腕を振り上げてみせたメイコだったが、口元には笑みを浮かべていた。
「...おや、ずいぶんと静かだだと思っていたら...」
カイトの視線の先には、椅子に座ったまま眠りこけているミクと、その膝に頭をあずけて寝息をたてているリンの姿があった。
「...ほんと、9月頃からずっと走りずめだったものね。」
ひろゆきさんに聞いたら、この4ヶ月の間にレコーディングした新曲だけで、500曲を超えそうだって。
カバーとかアレンジも含めたら、把握するのも難しいくらいらしい。」
「特に最近は、歌だけぢゃなくて映像モノが多かったもの、いくら歌うのが大好きって言っても、ほとんど体力勝負って感じだったものね。」
「ああ、ホント良くやってこれたと思うよ。」
優しく語るカイトの腕には、いつの間にか毛布があった。
起こさないようにそっと、ミクの身体にかけてあげる。
もっとも、そんな気遣いは無用なようで、ミクの睡眠はずいぶんと深いようだった。
「...さて、どうしたものかしら?」
テーブルを見渡すメイコが、ため息がちにつぶやいた。
「ケーキは冷蔵庫に入れておいて、後でみんなで食べた方がいいかな?
 料理の方は冷めると美味しくないから、二人には悪いけど、ボクらで先にいただいてしまおう。」
「それしかないっか...」
顎に手を当てて思案顔だったメイコが、自分自身に聞かせるように、小さく頷いた。
「食べていいの?」
すっかり存在を忘れられていたレンが尋ねた。
若干シャイなところがある少年だが、引っ込み思案という程でもないようだ。
カイトの隣の椅子に座って、フォーク片手に皿の上のものを物色している。
「ケーキ以外は、どれでも好きなもの取っていいわよ。」
「いただきまぁす!」
がぜん元気になったレンに釣られて、カイトの食欲もそそられてきた。
...と、メイコも同じ気分になっていたらしい。
「いただきます。」
...の二人声が、きれいに重なった。