★ ★ (5) ★ ★

「ごちそうさま。」
二人は揃って手を合わせた。
万事いい加減なイメージのメイコ姉ぇだが、挨拶だけはちゃんとしなさいと口うるさい。
ボーカロイド初期メンバとして苦労した経験が言わせているのだろうと、ミクは思う。
さて、お腹はそこそこふくれたものの、何しろ先刻まで眠り込んでいた二人だったから、すっかり目が覚めてしまっている。
「えっと...。」
「えへへへ...。」
今さらながら、互いの存在を意識してしまう二人だった。
...と、そう言えば、真夜中のはずなのに、窓の外がずいぶんと明るいこと、そしていくら深夜とはいえ、不思議なほど街が静まり返っていることを思い出し、ミクはすぐに窓の方に向かっていった。
「??」
不得要領という顔付きで、リンも同じように窓に近づく。
サッとカーテンを開けると、そこには...
「わぁ...」
二人は揃って、言葉にならない声をあげた。
窓の外の世界は、すべてのものが白く輝いていた。
声もなく見入る二人だったが、すぐにミクはカーテンを元に戻した。
「ぶぅ。」
不満顔のリンに、
「ちょっと、外に出てみよっか?」
悪戯っぽい表情を浮かべて見せるミクに、もちろんリンは同意した。
程なく、しっかり冬装備の二人の姿は、家から程近い公園の中にあった。
吐く息は白く凍り、顔に当たる冷気は肌を突き刺す程に感じられたけれども、空高く上がった満月の元、新雪を踏みしめて歩くミクには、むしろ傍らで空を見上げているリンのぬくもりの気配が強く感じられた。
「ホワイトクリスマス...か...」
知識としては記憶していても、実体験が伴わないミクにとっては、出会うものすべてが目新しい。
それが素直な感情を呼び、その感情が歌に込められ、そしてそれを耳にする人々の心を惹きつけていくのだろう。
まだまだ歌い手としては未熟ながら、人々の支持を集めているのは、それが大きな理由なのかもしれない。
「えぃっ!」
リんの掛け声とほぼ同時に、ミクの額に何かが弾けた。
「な、何?」
遅れてやってきた冷たい雪の感触に、ミクはようやくリンの雪玉攻撃を受けているということを悟った。
「えいっ!えいっ!」
リンの放つ第2波攻撃は、ミクの、みかけによらず俊敏な動きで回避された。
その動作中に雪をすくっていたミクは、すぐに反撃に転じた。
「やぁっ!」
存外の勢いでミクの手元を離れた雪玉は、リンの体にぶつかって...と思われた瞬間、リンの足元が滑って、バタリとコケた。
雪玉はそのまままっすぐに飛んでいき、ブランコに座っていた人影に当たって砕ける。
「あっ!...」
立ち上がるリンに手を貸しつつ、ミクはその人影に向かって行った。
「ご、ごめんなさぁい。」
ミクの声を聞いた瞬間に、ピクリとその人影が動き、ゆっくりと立ち上がりつつ振り向いた。
「あ、あなたは...」
真冬にはちょっと寒そうな薄手のコートをまとった、銀髪の女性。
確か、名前は...
「ハクさん!」
「一応、名前は覚えていてくれたのね。」
「だって、同期だもの。」
「そうね、ヴォーカロイド養成所の、第二期生...
 今やトップアイドルの仲間入りしたあなたと引き換え、このわたしときたら...」
そう言いながら、ハクはゆっくりとミクに近づいてくる。
ミクは、その静かな迫力におされて動くことができないでいる。
「クリスマスだって言うのに、仕事もパーティの予定もなく、一人で過ごすこの気持ち、あなたに分かる?」
ハクが、ミクの腕を掴む。
細身の割には強い力だ。
ミクは後ずさりしつつ、
「そんなこと、わたしに言われても...」
「八つ当たりだってことは分かってるわよ。
 でも、こんなわたしにだって、愚痴の一つもこぼす権利があるし、あまたにもそれを聞く義務があるはずよ!」
「あ、あの...わたし...」
「ダメっ!」
迫るハクの顔を押しのけ、リンの橙色の頭がミクの前に割り込んだ。
ミクを守るかのように、両手を広げてハクに対峙する。
「リン...」
「リン?...」
やがて、フッとため息をついたハクが、
「...別に、とって喰いやしないわよ。」
プイと横を向いたハクの手を取ったリンが、同じようにミクの手も引っ張って、強引に二人の手を握らせる。
「仲良くしないと、メっ!だかんね!」
(仲良くって...別にわたしたち、ケンカとかしてたワケじゃないんだけど...)
にぱぁ...と笑うリンに、いつの間にかハクの表情からも険が落ちていて、穏やかな顔つきになっていた。
「名前、リンって言うの?」
「うん、鏡音リン
 お姉ちゃんは?」
「ハクよ。」
「ハクちゃん?うち来る?」
「えっ?」
「だって、何だか寒そうなんだもん。」
リンはそう言って、コートの上からハクの体を抱きしめる。
その時はじめてミクは、ハクの手の冷たさに気が付いた。
「大変!これじゃ風邪ひいちゃう!」
ミクはハクの肩に自分のマフラーをかけつつ言った。
「そんな...大丈夫よ、わたしは...げほげほ。」
「ダメダメ。
 アイドルは喉が命よ...ってこれ、メイコ姉ぇの受け売りだけど。」
「歌う場所のないアイドルなんて、存在価値はないわよ。」
自嘲気味のハクに、
「ダメなものはダメなのっ!」
強引にミクに腕を引かれたハクだったが、抵抗する気はないようだ。
「おうちに帰ったら、またココア飲もうね。」
「寝る前にそんなに飲んで、オネショしても知らないわよ。」
「オネショなんてしないもんね〜。」
「...くすくす。」
「あ、ハクちゃん笑った。」
そういえばハクの笑い声なんて、はじめて聞いたような気がするミクだった。
なまじ整った顔をしているせいで、澄ました顔をしていると冷たく見えがちなハクだが、笑顔はむしろ幼く見える。
(そういえばハクって、設定年齢いくつなんだろ?)
正直、今まであまり気にしてなかったけれども、イベントの打ち上げの時にはビールとか飲んでたような気がする。
(わたしももっと、大人っぽくなりたいなぁ。)
叶わないことと知りつつも、そんなことを思ったりするミクだった。